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柳瀬観監督さんのこと ブログトップ
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柳瀬観監督さんの遺品Ⅴ [柳瀬観監督さんのこと]

日活映画 『高原のお嬢さん』 昭和40年12月4日封切

「ファンの皆様に見せて上げて下さい。」と
高松の松本さんが、監督の奥様から預かったスナップ写真です。

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■ ロケ風景

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■ オープニング

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■ 演技指導をする柳瀬監督

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■ 『♪鈴懸の径』を唄う舟木さん、賢ちゃん、正章さん

柳瀬観監督さんの遺品Ⅳ [柳瀬観監督さんのこと]

日活映画 『東京は恋する』 昭和40年9月18日封切

「ファンの皆様に見せて上げて下さい。」と
高松の松本さんが、監督の奥様から預かったスナップ写真です。

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■ 舟木さんと堺正章さん

柳瀬観監督さんの遺品Ⅲ [柳瀬観監督さんのこと]

日活映画 『花咲く乙女たち』 昭和40年1月24日封切

「ファンの皆様に見せて上げて下さい。」と
高松の松本さんが、監督の奥様から預かったスナップ写真です。

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■ 尾西給食センター前 太一に、いちゃもんを付けるサブ

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■ 尾西給食センター前

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■ 木曽川橋梁

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■ 尾西給食センター

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■ 善光寺公園 コーラス部のハイキング

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■ 岐阜羽島駅 昌次を見送るラストシーン


柳瀬観監督さんの遺品Ⅱ [柳瀬観監督さんのこと]

日活映画 『花咲く乙女たち』 昭和40年1月24日封切

「ファンの皆様に見せて上げて下さい。」と
高松の松本さんが、監督の奥様から預かったスナップ写真です。

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■ 昌次(山内賢さん)とサブ(堺正章さん)

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■ 岐阜公園にやって来る昌次とサブ

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■ 株式会社ソトー

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■ 株式会社ソトー 太一(舟木さん)の車を止めるシーン

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■ サブと女工さん(岡田可愛さん、浜川智子さん、伊藤るり子さん)

柳瀬観監督さんの遺品Ⅰ [柳瀬観監督さんのこと]

日活映画 『仲間たち』 昭和39年3月14日封切

「ファンの皆様に見せて上げて下さい。」と
高松の松本さんが、監督の奥様から預かったスナップ写真です。

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■ 仲間たち 相手役募集 審査風景

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■ 台詞のチェック 監督さんと、舟木さんと、浜田光夫さん

 32歳の柳瀬監督さん、若いですね。
仲間たちの相手役ではありませんでしたが、この時、選ばれたお一人が、浜川智子さんです。

柳瀬監督のご命日 [柳瀬観監督さんのこと]

2010年2月21日 (日) 柳瀬監督のご命日

 奥様に 寒中見舞いも お出しせず、とても気になっていたところ 思いついたのが 
お花を贈ることでした。

 調べると、日曜日の配達がお休みになっていたので  『お留守だったらどうしよう。』 と、思いつつ
『監督様のご命日にあたり、お花を贈らせて頂きました。』 と、メッセージを添えました。

 土曜日のこと。電話のベルが鳴り 
「お花をありがとうございます。高松のマツモトさんの所でお逢いできるといいですね。
いつかお逢いしましょう。」 と、ご丁寧に 奥様からお礼の電話があったのです。
ほんとに恐縮してしまいました。

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 配達の準備が整うと、お花の写真を送って頂けるのがいいですね。
安心して注文することができました。

~柳瀬観監督を迎えて~ 7 [柳瀬観監督さんのこと]

投稿者:杜夫 投稿日:2008年 9月 3日(水)12時31分16秒

5.この映画は「名古屋鉄道グループとの タイアップですか?」と質問しましたら
  柳瀬監督は「そうではない」・・・というお返事でした。

  僕が名古屋鉄道=名鉄が協賛しているのではないか・・・と思ったのは、
  この映画のいたるところに 名鉄グループ関連のものが映っているからです

  ①.映画出だしの岐阜・金華山のロープウェイは 名鉄グループが経営している
  ②.ロープウェイから見下ろしたところに 当時の名古屋鉄道岐阜市内線の路面電車
     が映っている[この路線は今は廃止された]
     その隣を 山内賢と堺正章のバイクの二人乗りが 走りすぎて行くシーンがあります。
  ③.岐阜公園に到着した西尾さん他の女工さんを乗せた観光バスは 名鉄観光のものである。
  ④.山内賢と堺正章の二人が尾西に乗り込んだ時に 乗ってきたトラックは名鉄運輸のもの
     である。
  ⑤.岐阜の金子親分のところに指を詰めに行った山内さんを追って 舟木さん西尾さん他が
     岐阜についた時、名古屋鉄道の名古屋本線を走る名鉄パノラマカーがチラリと映った。
  ⑥.舟木さん他のコーラス部の人達が乗っていたバスは 名鉄バスである。
  ⑦.舟木さんが西尾さんにお金を渡した場所は 名鉄バスの停留所で 名鉄バスという文字が
     明確にスクリーンに映った。
  ⑧.尾西にやってきた西尾さんのお父さんを舟木さんが観光として連れて歩いたのだが出向いた
     先の犬山の成田山分院は 名鉄の肝入りで建立されたところである。
  ⑨.犬山の成田山分院のお参りをする際に 名古屋鉄道モノレール線のモノレールが
     映っている。

    ・・・・以上、気がついただけでも 結構あります。

6.バス停の名前の変更の件

以前にも こちらのbbsで話題となった話です。

 舟木さんが西尾さんにお金を渡したところのバス停の名前が「尾西」になっていたけれど
実際のロケ地には そういう名前のバス停は存在しない・・・のです。

 ロケ地でのバス停は「起」なのですが、映画では「尾西」になっていたことについて
柳瀬監督によれば「地名の変更はよく行った」・・・とのことです。

7.木曽川の河原でコーラスをしたシーンについて

 僕が「木曽川の河原でコーラスしたシーンに 後の鉄橋を新幹線が走り去っていく様子が
映っていますが、あれは 新幹線を意図的に入れたのですか」に対して・・・

 柳瀬監督は「まさにその通りです。新幹線を未来への飛躍のシンボルということで 
映画に勢いをいれるために入れた」といった趣旨のことを話されていました。

 「離れたところで 新幹線がやってくるのを確認して、その連絡を受けて カメラを廻したそうです」 
連絡方法については 細かいツッコミはしませんでしたが(多分 トランシーバーを使ったのでしょう)

 この当たりの話も このbbsで書きましたが、まさに想像の通りのことでありました。

 映画の撮影は 東海道新幹線の開通直後の頃に行われまして その頃 昭和39年は
一時間に上下2本ずつ(ひかり一本 こだま一本)しか走っていなかったので 撮影するチャンスも 
限られていたと思います。

                    終わり

~柳瀬観監督を迎えて~ 6 [柳瀬観監督さんのこと]

投稿者:杜夫 投稿日:2008年 9月 3日(水)04時01分29秒

「花咲く乙女たち」

 まず、この映画のロケ地を訪ねて歩いたという話をしたら 開口一番 監督から「病気だ」と 言われました。

1.監督によれば、この映画は 紡績の街・尾西市が全国に尾西市を宣伝する目的で制作された。

  当時は、愛知県の尾張地域の繊維産業は好調で 女工さんを全国から集めないといけない
  状況だったので 尾西の街の良さをアピールする狙いです。

  撮影には 尾西市の広報担当者が張り付いて「この場所を撮影に入れてほしい」という
  要望を受けつつ、脚本との兼ね合いを図りながら 撮影を進めていった。

2.尾西市だけでは撮り切れなくなって 岐阜 犬山 名古屋? にも撮影範囲を広げた。
  それでも 監督の頭の中には 「尾西市」という市名が こびりついていたみたい。

  現在は、尾西市は隣の一宮市と合併して(平成の大合併) 無くなってしまった・・・・
  という話をしたら、監督は驚いていました。

  ここで 一宮市という言葉を僕が発したら 徳島からの何人もの 舟木な元乙女の皆様は皆
  いちように目を輝かせて 僕の話を聞いていました。さすが、舟木さんの出身地の一宮市だと
  思いました。

  実際問題、旧尾西市は一宮市萩原町と境界を接していますので ほぼ同じ地域と言って 
  過言は無いです。

3.映画では 舟木さん西尾さん他のコーラスグループが 観光バスに乗って 山の上に出かけて
  行って コーラスするシーンがあるけれども、この場所は ロケハンしたうえで 出かけたわけでは
  無い。とのことでした。

  尾西市で ロケをしている時に 犬山という場所を聞きつけて出かけていったそうです。

4.この犬山のロケ地は「善光寺公園」というところで、僕も実際に訪れたところです。
  この場所は、途中までは 車で行けるけれども 途中からは歩いて 急な坂を上がって 
  いかなきゃならないところ と話したら、徳島の乙女の皆さんは驚いてました。

  西尾さんと山内さんが語らっていた展望台は 今も健在です。

  マツモトさんが 西尾さんへのインタビューを収録したDVDでは 西尾さんが、このロケの
  思い出話をしていました。
  「寒くて うまくセリフが言えなくって 何度もNGを出した」って 趣旨のことを 
  言ってましたね。

  舟木さんたちがコーラスしていた見晴らしの良い高台の現状は・・・といいますと
  今は 雑木林でボウボウとなってしまっている という話をしたら マツモトさんは 
  これを嘆いていました。

~柳瀬観監督を迎えて~ 5 [柳瀬観監督さんのこと]

投稿者:杜夫 投稿日:2008年 9月 2日(火)11時04分27秒

 柳瀬監督を迎えての会は マツモトさんのスタジオに場所を移して 
お弁当とオードブルをいただきながらのフリートークの場に移っていきました。

「東京は恋する」

1.この映画の出だしに 洋画のシーンが出てくるが、これは「東京は恋する」のために
  外人のエキストラを 一日 2-3000円くらいで雇って 作り上げたものである。

2.映画館を出て銀座を 舟木さんが歩くシーンは、隠し撮りで、この隠し撮りに気付いた
  一般の方が数人いたけれど そのまま撮影を続行した。
  伊藤るり子さんとの雨宿りシーンは いわゆる「日活銀座」で撮影し、このシーンを完成させた。

  当時から 銀座というようなところでは なかなか撮影許可が下りなかった。
  下りても 早朝に限ってとかが多かった。これは 国鉄の操車場といった場所での
  撮影もしかりである

  だけど、警察に撮影許可を とらないまま ロケを強行することもあった。
  ロケをしている間に 見つかって・・・ 製作主任が 交番に呼ばれて 叱られている間に
  撮影を終えてしまった・・・というか、 製作主任の方から 
  「自分が 叱られている間に撮り終えてください」みたいに 体を張ってくれたそうである

「高原のお嬢さん」

1.この映画は 蓼科市の依頼を受けて この町の観光アピールに資するために作られた

2.馬車を使うシーンがあったり、ザ・スパイダースの面々が プールで泳ぐシーンがあるが  
  この二つに関しては 柳瀬監督が 学生時代に蓼科に遊びに来たことがあって その頃  
  既に この二つを目にしていたそうである。
  この映画の撮影の際には、これらを使おうと目論んでいたそうです。

  プールは温泉宿の附属のもので 水ではなくって お湯が入れられた温水プールだった  
  そうです。

  僕がここで質問したのは この温泉宿とタイアップしたのですか? の問いに
  それは 無かった とのことでした。

3.「アサヒビールとタイアップしたのですか?」と聞いたら「そうだ」のお返事でした。
  意図的に「アサヒビール」のロゴが 映るように撮影したそうです。

  山内さんが オープンカーを運転しながら アサヒビールをラッパ飲みして
  飲んだビンを外に放り投げる なんてシーンがありましたが、こんなことを今やったら 
  大ヒンシュクもんだね って 隣のマツモトさんと、笑いながら お話をしました。

4.山の上で スパイダースの面々がエレキを弾くシーンがあって 
  「電気はどうしたんだ」という批判の声に対しては、
  「近くの山小屋から電気を引っ張った」ということで この批判をかわした。

5.「乙女滝」の撮影は 実は ロケ隊の泊まった旅館の裏手にある川で撮影という
   いわば インチキのものであった

~柳瀬観監督を迎えて~ 4 [柳瀬観監督さんのこと]

投稿者:杜夫 投稿日:2008年 9月 2日(火)01時38分24秒

 上映会では「北国の街」が選ばれたことがありまして マツモトさんから 監督に向けて特にリクエストが出ました。「北国の街」にまつわる裏話をお聞かせください・・・でした。

 監督のテンションも またまた高まって参りまして 色んな裏話が出ました。

 この中で僕の印象に一番残ったのことは・・・

 この映画を観たファンの方が 出演した俳優さんにファンレターを出すのは 至極当然のことですが、この映画が封切りになったのち 柳瀬監督ご自身にも 多数のファンレターが届いたそうです。監督に ファンレターが届くことは 無いので不思議に感じたそうです。

 監督は最初、それを自動車のトランクに無造作に放り込んでおりましたが、トランクの中から何かを取り出したときに バラバラバラと 手紙が落ちてきたので これをキッカケに 届いたものを読んでみたところ、手紙に書かれていた内容にほぼ共通する内容があったそうです。

 それは「北国の街」の三人の登場人物 舟木 山内 和泉のその後がどうなったのか? を 問う内容のものでした。要するに「北国の街」の続編を求めるものでした。

 その話を聞いて 僕もなるほどな・・と思いました。
確かに、「北国の街」の終わりで いったんこの三人の去就が決まったのだけれど・・・・ その後 どうなって行ったかについては 色々と妄想してみると面白そうですねえ。

 結局は 日活の事情で 続編が作られることは無かったのですが・・・
ある意味 日活にとても ファンにとっても 惜しいことをしたなぁ・・・と思いました。続編が作られれば またまたヒットしたことでしょうねえ。

 映画の挿入歌については、日活のダビングルームで スクリーンを見ながら 舟木さんに歌ってもらったそうです。レコード会社から音源をもらうこともできたけれども、柳瀬監督はこれをしたくなかった。舟木さんご本人に出向いてもらって、
歌ってもらったそうです。これは、かなり異例の措置だったそうです。そして柳瀬監督は その歌声に聴きほれてしまったと言うことです。

 歌手といっても ピンキリでして、同じことをしてもらったある当時の人気歌手のMさんについては ヘッドフォーンから聴こえてくる歌声に頭をかかえてしまって「使えねえ」というケースもあったようです。(大笑)

 この作品の脚本は 今をときめく倉本聡さんのものだったけれど イザ現場に入ってみると舟木さんの出演シーンが少なくて「使えねえ」と、監督ご自身が 現場で 書き換えてしまったそうです。他の作品でも、そう言うことは 再三あったと言うことです。

 国鉄の飯山線を走るSLの客車列車が 頻繁に出てきますが、撮影は 全て一発勝負で済ませたと言うことです。

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